59年式、オースチンA50 ケンブリッジサルーン

昭和・旧車・日産・オースチン

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“戦後、乗用車の生産が全面的に解除されたのは1949年(昭和24年)10月のことでした。時間的にはわずか4年の中断とはいえ、日本の自動車産業にとっては大きな痛手となりました。そこで、政府は将来を見据えて海外メーカーとの技術提携を結び、生産や設備に関する技術やノウハウを吸収することを奨励しました。日産は、1952(昭和27)年に英国のオースチン社と技術提携し、年間 2000台分の乗用車部品を輸入して日本での組立を開始します。1953(昭和28)年のA40型組立開始当初の国産部品はガラス・バッテリー・タイヤなどわずかでしたが、徐々に国産化が進み、1955(昭和30)年から生産を行ったA50型では初期から国内調達部品が200点以上を数え、ついに翌年8月には全部品が日本製となりました。搭載される 直列4気筒OHVエンジンの最高出力は57馬力で、最高速度130㎞ /h をマークしました。このクルマは、提携で習得した技術の集大成で、1959(昭和34)年12月28日に製造された最終オフライン車です。”
◎引用:日産ヘリテージコレクション表示

Austin A50 Cambridge Saloon
When Austin carried out a model change in England (September 1954), Nissan followed suit and switched to the A50 in December that year. Even during A40 production, the shift to domestic sourcing had advanced and so by August 1956 all of the parts were made in Japan. This model represents the final version, which went on sale in December 1958. Manufactured on December 28, 1959, it was the final car off the production line.
◎Source:Nissan Heritage Collection