おもちゃのピアノ
わあ、懐かしい^^
我が家には姉がいたからか、物心着いたら、赤いおもちゃのピアノがあって、鍵盤を叩いて遊んでた、半世紀以上前のあの情景が浮かんできました。どうしてあるんだろ?とか、なんの疑問も無く、ただ目の前にあるおもちゃのピアノを叩いて、いつのまにかどこかに消えてしまっていたあの赤いおもちゃのピアノ。いまどこにあるんだろ?誰かの家でひっそりと眠っていてくれてるといいなあ。。。
73年式、トヨタ スプリンタートレノ TE27型
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=NVSns6VZBck]◎撮影場所 東京MEGAWEBヒストリーガレージ“1972年3月、トヨタ・スプリンタークーペ「SL」、「SR」に対し、よりスポーティなホットモデルとして登場した。当時、スプリンタークーペには「普通」のモデルも存在したため、グレードでの区別を超えた、あくまで高性能バージョンとして用意されたサブネームが「トレノ」であった。搭載エンジンは、上位車種であるセリカ1600GTから移植された2T-G型1.6L DOHCエンジンが搭載された。正確に言えば、レギュラーガソリン仕様の2T-GR型 (110ps) とハイオクガソリン仕様の2T-G型 (115ps) が設定されていた。外観上の特徴として、当モデルと姉妹車のレビンには、トヨタ製の市販乗用車として唯一のオーバーフェンダーを装備している。また、1973年4月のマイナーチェンジの際に追加された「トレノ(ジュニア)」には、2T-B型1.6L OHVエンジン (105ps) が搭載されており、こちらはDOHCが省かれた廉価モデルであった。レビンにも同様のモデルが存在した。”
◎引用:wikipedia
とんび(文部省唱歌)
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=dMXzb--_QZw]うーん、これは小学校3年生くらいだったかなあ・・・
大好きでした、大きな声で
一生懸命唄ってましたねえ〜 、
ああ あの時の音楽の授業がよみがえる^^
飛べ飛べとんび 空高く
鳴け鳴けとんび 青空に
ピンヨロー ピンヨロー
ピンヨロー ピンヨロー
楽しげに 輪をかいて
飛ぶ飛ぶとんび 空高く
鳴く鳴くとんび 青空に
ピンヨロー ピンヨロー
ピンヨロー ピンヨロー
楽しげに 輪をかいて
53年式、オースチンA40 サマーセットサルーン
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=d9baXh5igFQ?rel=0]◎撮影場所 日産ヘリテージコレクション“戦後は、GHQ により乗用車生産が制限されていましたが、1949(昭和24)年10月に解禁を迎えます。日産は、1952(昭和27)年に技術的な遅れを取り戻す目的で英国のオースチン社と技術提携を締結しますが、オースチン社を選んだ理由は、日本の国情に合う小型車の開発に長けていたこと、当時の米国市場で優位だったことが挙げられます。翌1953(昭和28)年4月4日には早くも日産製の「A40 サマーセットサルーン」1号車が鶴見にあったオースチン工場でオフラインし、5月8日には都内で通産大臣や駐日英国大使を招いての記念発表会を実施しました。このクルマは、オフライン1号車そのものです。”
◎引用:日産ヘリテージコレクション表示
73年式、日産スカイライン『幻のGT-R』KPGC110
生産台数僅か197台。73年式、4代目スカイライン、『幻のGT-R』
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=U2Z2wGrqnpc]◎撮影場所 日産ヘリテージコレクション“「ケンとメリーのスカイライン」というキャッチフレーズで大人気となった4代目スカイライン。この4代目に設定された2000GT-Rは、ツーリングカーレースへの参加がなかったことに加え、市販車の販売も1973年(昭和48年)1月からわずか4か月という短期間で終了し、総数で200台足らずしか生産されなかったこともあり、今もって「幻のGT-R」と呼ばれています。吸気側エアダクトの装着や4輪ディスクブレーキ化など、先代GT-Rより進化したメカニズム面でも注目を浴びました。また、通常のスカイラインシリーズとは異なるメッシュタイプのフロントグリル、ワイドタイヤを収めるためにフロント側にも追加されたオーバーフェンダー、当時としては異例のリヤスポイラーも標準装備としたエクステリアも注目を浴びましたが、当時でさえ、その姿を路上で見かけるチャンスは、めったになかったのです。”
◎引用:日産ヘリテージコレクション表示
Skyline H/T 2000GT-R KPGC110
The fourth-generation Skyline, the C110 (nickname: Ken & Mary), was launched in November 1972, but the GT-R version was launched...
鉄人28号・実写版(1960年2月〜)
長きにわたって愛され続ける“鉄人28号”。
1956年、漫画の月刊誌『少年』で連載されたものが始まりでした!
そして、1959年、ラジオドラマ『鉄人28号』がニッポン放送で放送され、
翌年、1960年2月から、この実写版『鉄人28号』が日本テレビ系列で放映されました。ただし、第13話で打ち切られ、正太郎くんが、鉄人28号の操縦者になる事はないまま終了しました。少年の復刻版
第1話(恐怖の一夜)
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=zU-Qj2F1Enk]
出典:youtube第2話(法師が岳の対決)
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=kINA7UKtq1g]
出典:youtube“第二次世界大戦に於ける秘密作戦の一つであったといわれるロボット作戦に端を発した鉄人計画。それは、当時、弾丸にも倒れないロボットを作って、兵隊の代用品にする目的で、秘密工場が法師が岳に作られたのだった。そして、数々の失敗の末、ようやく28番目に完成形のロボットとして成功したのが鉄人28号であった。だが、日本軍の軍事作戦の変更、その後の敗戦により、戦争の武器として鉄人28号が使用されることはなかった。それから15年後、少年探偵・金田正太郎と大塚署長の前に、突如として怪ロボット・鉄人28号が出現したのだった。”
◎引用;TCエンタテインメント発売DVDBOX商品説明実写版DVDBOX
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61年式、ホンダ・ドリームCB72スーパースポーツ
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=dp4iIlO69cU?rel=0]
◎撮影場所 ホンダコレクションホール“モータースポーツ市場の拡大を考慮、企画された本格的250ccスポーツモデル。レース用キットパーツなど豊富に用意、ロード、モトクロス、ツーリングに広く活躍。 ※展示車は1961年モデル。Type I。”
◎引用:ホンダコレクションホール表示
HONDA DREAM CB72 SUPER SPORTS
A genuine 250cc sports model aimed at expanding the motor sports market. It was optionally equipped with...
8トラックテープ
カラオケでまだ置いている店があると聞いてますが、一般的にはもうほとんど見なくなりましたね!
おやじのカーステレオには、軍歌と大川栄策とタンゴ^^
特に軍歌ほとんどの歌えるほど刷り込まれました^^
81年式、ホンダ イーハトーブ TL125SB
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=clKjWF0Hc-k]◎撮影場所 ホンダコレクションホール “雄大な自然の中をゆったりとツーリングすることを目的としたトレッキングバイク。ほとんどアイドリングの状態でも滑らかな走行ができる粘り強いエンジンを搭載。フロントに操縦安定性に優れたセミエア・サスペンションを採用し、シートを従来のトライアル車より低く、厚めにするなど、疲れない走行を可能とした。
※イーハトーブとは、詩人・童話作家であった宮沢賢治が、郷土岩手県の自然を愛し名づけた造語。”
◎引用:ホンダコレクションホール
HONDA IHATOVO TL125SB
This trekking bike for enjoying touring in the vast expanses of nature adopted a robust engine to provide smooth riding, even...
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Most Popular
映画 ジョーイ(日本公開1977年)
この映画は劇場で見ました。実話でしたね。確かに感動でした。特にジョーイのお兄さんジョンが、ハインズマン・トロフィーを手にし、スピーチするシーンからずっと涙が溢れてました。
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=Voopj4pqFDA]
出典:youtube“ジョーイは3歳のときから白血病と闘っていた。この病気で初めて化学療法を施された子どもの一人だった。ジョンはペンシルベニア州立大学でハイズマン賞を目指し、10台はじめのジョーイとお互いや周りの家族を励まし、困難に立ち向かう。ジョンはジョーイの病気が悪化する中でハイズマン賞に輝いた。ジョンは受賞のスピーチで、賞を目指した最大の動機としてジョーイの名前を挙げ、白血病の困難に耐えられるように奮い立たせるため、ジョーイにトロフィーが必要だと聴衆に話すにつれて泣き崩れた。キャパレッティ家の皆がその場に居合わせ、ジョーイはジョンのそばに駆け寄った。作品はジョーイが1976年4月8日、ジョンが付き添う中、白血病のために世を去ったことを描いて幕を閉じる。”
◎引用:wikipedia
Latest reviews
象印スターものまね大合戦(1967年1月〜)
これ大好きでした!毎週日曜日のお楽しみの一つ。
みんな結構似てましたよね!三田明さんが橋幸夫さんやると、もうそのまんまだった記憶があるなあ〜^^
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=WbgVz0kaW7Y]
出典:youtube [youtube https://www.youtube.com/watch?v=0kVNH1-3pg0]出典:youtube
もーれつア太郎(1969年4月〜)《日本最後の白黒アニメ》
わ、懐かしい!^^
77話まで白黒、78話〜90話(最終回)をカラーで製作した、日本における最後の白黒テレビアニメだそうです。
タイトルよりも、登場するキャラが頭に残ってました。。
ニャロメ、ケムンパス、、「ニャロメ〜」、「ケムンパスでやんす」のセリフが特に刻まれてますねー^^
天才バカボンや、おそ松くん、からのキャラの登場も、賑やかだったかなあ〜^^
https://dailymotion.com/video/xjtwbo
出典:dailymotionあらすじ
“江戸っ子気質が色濃く残る東京下町を舞台にした、人情ものの雰囲気を持つギャグ漫画。ア太郎、デコッ八、×五郎(ばつごろう)、両目つながりのおまわりさん、ニャロメ、ココロのボスとその子分たち、ブタ松、天国の神様とその弟子などの個性あふれる登場人物が物語を盛り上げる。”
◎引用:wikipedia
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