67年式、ホンダ スーパーカブ C102(ラリーキット装着車)

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=GlDrnYLOoS4?rel=0]◎撮影場所 ホンダコレクションホール“アメリカ向けスーパーカブC100、C102を対象に製作されたカスタムキットを組み込んだモデル。ラリーキットは、レーシングフラッグウイングマーク付きのロングタンクとレーシングタイプのシート、専用サイドカバー、パイプハンドル、フェンダーなどで構成。1970年まで車両とともに販売された。 ” ◎引用:ホンダコレクションホール表示 HONDA SUPER CUB C102 Rally Kit Installed model The motorcycle includes the custom kit created for the US market Super Cub C100 and C102....

あの頃のお笑い芸人さん達(1970年)

https://dailymotion.com/video/x5766fv わお!ほぼ半世紀前の、あのころの『お笑い芸人』さん達。懐かしい。 1970年のテレビ放送『演芸スペシャル』。 登場は、三遊亭円歌、てんやわんや、かしまし娘、立川談志、月の家円鏡、牧伸二、Wけんじ、唄子・啓介、東京ぼん太、ナンセンストリオ、ドンキーカルテット、三遊亭円楽、林家三平、トリオスカイライン、コロンビアトップ・ライト なつかしいなあ^^

77年式、フェアレディZ-L S31

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=1T2xlqRLmAI?rel=0]◎撮影場所 日産ヘリテージコレクション“初代フェアレディZ(S30型)は、オープンボディの先代「フェアレディ」に替わり、1969年(昭和44年)に誕生しました。エンジンは直列6気筒、SUツインキャブレターを装備したOHCのL20型と、ソレックスツインチョークキャブレターを3基搭載したDOHCのS20型がありました(S20型は1973年に廃止)。1976年(昭和51年)1月には、昭和51年排出ガス規制に対応するため、L20型エンジンはSUツインキャブレターを電子制御式燃料噴射装置に改良したL20E型に変更され、型式もS31型となりました。このクルマは、1977年式のS31型Z-Lです。Z-Lは、S30型系に設定されたグレード名で、装備を充実させた上級グレードです。” ◎引用:日産ヘリテージコレクション表示

66年式、スズキ スズライトバンFE

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=6PHUIzk3ItU] ◎撮影場所 スズキ歴史館 “このクルマは、FRの1966年マイナーチェンジ車で、新開発の分離給油方式CCISを採用。変更内容は、カーヒーター常設、最小回転半径の縮小、サイドウインカーランプ新設、ドアハンドルプルアップ式に、シートを赤色人工レザー張りバケットタイプに変更、サイドウインドウにアルミサッシュ使用、グローブポケット装備等でした。” ◎スズキ歴史館表示

ヤマハタウニーのCM(1980年)渡辺貞夫

https://dailymotion.com/video/x5f0vle 出典:dailymotion80年、ヤマハタウニーのCM。これ大好き^^ おじさんのキャラもいいし、渡辺貞夫さんの爽やかさもいいし、何と言っても『いいなあ、これ』『いいなあ、あれ』のセリフがまた可愛らしい^^

75年式、ホンダ シビック CVCC 1200GL 3Door

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=WeNqHsfuN0o]◎撮影場所 トヨタ博物館 “昭和40年代は経済の発展やモータリゼーションの急激な進展により、大気汚染や交通事故など様々な弊害が出てきた。このような中、1971年米国でのマスキー法の成立に伴い、日本でも同様の排出ガス規制が実施された。当時この規制は大変厳しいもので、達成は不可能と言われていたが1973年、こちらのシビックがCVCCエンジンで世界に先駆けて基準を達成した。” ◎引用:トヨタ博物館表示 Honda Civic CVCC 1200GL 3Door From the mid-1960s onwards, rapid economic growth and progress in motorization began to take their toll in the form...

レコードプレーヤーとソノシート

レコードプレーヤーとソノシート。 プレーヤーは、 軽量で、まだステレオが各家庭に普及してなかったころ、 いろんなところで活躍してましたね! ソノシートは、 いろんな雑誌の付録でついてましたよね! 軽いし、カラフルで、、、 それから、 レコードの扱いほど、 大人からやかましく言われなかったので、 子供には良い音源でした^^

ひし美ゆり子(ウルトラセブン・アンヌ隊員)

ひし美ゆり子さん、何と言っても、昭和30年代生まれの世代となると、 ウルトラセブンでのアンヌ隊員のイメージが強すぎます^^ 子供ごころをキュンキュンさせてくれました^^ [youtube https://www.youtube.com/watch?v=sgGJhKNBRBI] 出典:youtube

志穂美悦子

志穂美悦子さん、かっこよかったなあ、そしてとっても素敵でした。73年のデビューから87年の引退まで、実に多くのアクション物を中心としたテレビ、映画に出演されてました。87年に、あの長渕剛さんと結婚、引退。現在はフラワーアレンジメントを中心に活動されているようです^^あの頃のアクションシーン [youtube https://www.youtube.com/watch?v=bHVuqg0NCsI]出典:youtube Dan Chup長渕悦子(志穂美悦子) “ ジャパン・アクション・クラブ(JAC) 出身の日本初、アクション派女優・志穂美悦子として、「女必殺拳」「柳生一族の陰謀」「二代目はクリスチャン」など、数多くの映画やTVに出演後、「男はつらいよ」シリーズ第37作マドンナを最後に1987年、結婚。 以後芸能活動は行っていなかったが、2011年11月にNAGABUCHI TSUYOSHI Official Cafe『Rock On』の東日本大震災復興特別企画として、自身のライフワークであるフラワーアートをまとめた写真集書籍『Flower arrangement 写真集 INSPIRE ~いちかばちか~』を自費出版で発売。アレンジメント作品をクリエイトし、写真も自らが撮るというスタイルにこだわった一冊は、売上げの全てを寄付するチャリティーブックとしても話題となる。当書籍はシリーズ化され、2013年9月に発売した写真集Vol3「IN NEW YORK」では、日本を飛び出してフラワーアレンジメントに挑戦し、また同夏、ケニア、ナイロビのマトマイニ孤児院、マサイ村を訪問するなど、さらに花の世界観を拡げている。 日本においては、震災直後から被災地の宮城県七ヶ浜を訪れ、参加者と一緒に作品を作り上げるワークショップを開催。その展開は今や全国に拡がり、老若男女問わず幅広い層から支持され、現在まで開催されたフラワーワークショップは20回を越える。 2013年12月18日には、TBSの情報番組「はなまるマーケット」に出演。じつに25年以上ぶりとなるテレビ出演となった。これをきっかけにその存在ににわかに注目が集まり、朝日新聞をはじめとした媒体に登場。 2014年4月20日、奈良 薬師寺の国宝 東院堂での「聖観世音菩薩に捧げる花展」までの道のりを追ったドキュメンタリー番組「ソロモン流」(テレビ東京)が放映された。 ” ◎引用:Etsuko Nagabuchi Love&Fight Etsuko Nagabuchi Love&Fight
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美しきチャレンジャー(1971年4月〜)

日本中がボウリングに染まってたといっても過言ではないくらい、ボウリング一色、ボウリングブームまっただ中のドラマでした^^ ボウリング、そしてスポ根となれば、そりゃあ見ますね! 自分のボウリングと重ね合わせて、技術的にもとても為になる番組でした!あ、そうだ、新藤恵美さんも可愛かった^^主題歌 https://dailymotion.com/video/x1jvg2u 1シーン https://dailymotion.com/video/x5d1gt8 出典:dailymotionストーリー “ハードル選手だった女子高生「小鹿みどり」は、近所をランニング中に大学生「高峰明久」と出会う。みどりにボウリングの楽しさと厳しさを教えてくれた高峰はボウリング修行のため渡米。突然みどりの前から消えてしまう。 高校を卒業したみどりは、父の親友が幹部になっている「ライト建設」に入社したふりをして、ボウリング部があるという理由で勝手に「日本PM商事」に入社してしまう。そこでみどりはボウリング部の新任コーチとして招かれた高峰と感動の再会をする。 部の先輩「七瀬茜」に対して激しいライバル心を燃やすみどり。茜が4-6-7-10のスプリットを倒す魔球を完成させると、みどりは7-10のスプリットを攻略する魔球を開発。その過酷な練習のために腱鞘炎となり右腕に激痛が走る。大事な試合前に医師からボウリングを禁止されてしまう。 物語後半、「日本PM商事」は「ワールド商事」に吸収合併され、高峰コーチは解任、みどりのボウリング部は存続の危機に直面する。その後「ワールド商事」ボウリング部のキャプテン「三波玲子」による数々の謀略に高峰コーチやみどりたちは翻弄される。 最終回、アメリカ遠征に旅立つみどりは空港で高峰に思いを告白する。その言葉は飛行機の轟音にかき消され、高峰の耳には届かなかった……。 ” ◎引用:wikipedia

コーラの自動販売機

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資生堂サンオイルのCM(1968年)モデル/バニー・ラッツ

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=5ukz6slEAF4] 出典:youtubeああ、このCM、確かに見覚えある。灼熱の太陽のもと、モデルのバニーラッツさんと、あの定番のイエローボトル。夏を思い出す時、海やプールには必ずこのイエローボトルが一緒だったなあ^^

81年式、ホンダ プレリュード

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=kK7rwhTDfG4?rel=0&controls=0&showinfo=0]◎撮影場所 ホンダコレクションホール“78年に発売し、スポーティな走行性とスタイリングで好評のスペシャリティーカー「ホンダプレリュード」のタイプ追加モデル。数々のエレクトロニクス機構を搭載し、内外装を充実させ、燃料経済性、運転性能を一段と向上させた。” ◎引用:ホンダコレクションホール表示 HONDA PRELUDE Released in 1978,this addition to the Honda Prelude series was a well-received specialty car, with its sporty running and handsome styling. The...

71年式、日産 フェアレディZ432 PS30

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=JMzdxZJ2ZC8]◎撮影場所 東京MEGAWEBヒストリーガレージ“フェアレディZの初代モデル・S30型は、1969年(昭和44年)10月に発表、11月に発売され、日本だけでなく、北米市場を中心に世界規模の大ヒット車となりました。日産の世界的なイメージリーダーとして9年間に及んで生産され、グローバル販売52万台という、単一型式のスポーツカーでは未曽有の大記録を樹立しています。 このクルマは、3代目スカイライン2000GT-R(PGC10型)と同じ直列6気筒・4バルブDOHC・160psの「S20型」エンジンを搭載した高性能モデル「Z432」です。車名の432とは、「4バルブ・3キャブレター・2カムシャフト」から取ったネーミングであり、S20型エンジンの構成に由来します。当時の価格もベーシックな「Z」のほぼ2倍に相当する185万円で、フラッグシップモデルらしくLSD(リミテッド・スリップ・デフ)や贅沢なマグネシウム製ホイールまでも標準装備でした。競技用ベース車両として徹底的に軽量化を図ったスパルタンな「432R」もありました。” ◎引用:日産ヘリテージコレクション表示 Fairlady Z432 PS30 The first-generation Fairlady Z, launched in November 1969 (announced in October) was available in the high-power 432 model equipped with...

 

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