シャープペン「PECKER」1973年
この三菱鉛筆のシャープペンシル、「PECKER」が出た時、心ときめいて即買いしたのを覚えてる。
新し物好きの筆者にはもうこの衝撃的なフォルムは罪だった。
横ノック式という画期的な発想に惚れ込んだなあ^^
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=qbraIeLDHDY]
出典:youtube Makoto20 様
72年式、日産チェリー 2ドアデラックス E10RT
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=W34lLFWUN1Q]◎撮影場所 日産ヘリテージコレクション“初代チェリーは、1970年(昭和45年)に日産初のFF(フロントエンジン・フロントドライブ)モデルとしてデビュー。車名の「チェリー」は、日本らしさを訴求するため「桜」から命名されました。当時の小型車は、世界的にFR(フロントエンジン・リヤドライブ)からFF への移行が進みましたが、小さなボディサイズでも広い室内を確保できるのがその最大の理由で、チェリーの場合は、当時のスカイライン1500(S50系)と同等の広さを誇りました。エクステリアでは個性的なアイラインウインドウ(ウエストラインからC ピラーへのライン)が特徴で、ボディ全体のデザインをカプセルシェイプと呼んでいました。スタンダード・セミデラックス・デラックス・GL・X-1の5グレードがあり、登場時の2ドア・4ドアセダンに加えて、1971年9月にはクーペが加わりました。このクルマは、2ドアの豪華仕様、デラックスグレードです。”
Cherry 2-door Deluxe E10RT
The launch of the first-generation Cherry was in October 1970. It was Nissan's first FF vehicle. The design...
66年式、ホンダ ベンリイ CL125
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=l_Lb7mcCaow]◎撮影場所 ホンダコレクションホール“CB125がベースのストリートスクランブラー。CL72に続くCLシリーズ第2弾で、タンクデザインを初め左アップエキゾーストなどの機能面をそろえ登場。”
◎引用:ホンダコレクションホール
HONDA BENLY CL125
This street scrambler was based on the CB125. The second model in the CL series following the CL72, it came with...
青柳ういろうのCM(1969年〜)
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=oPUGYf34qys]
出典:youtube東海地区ではあまりにも有名なCM^^
69年から流れたこのCM、「くやしかったら言ってみな。白・黒・抹茶・あがり・コーヒー・ゆず・桜」よーく唄ってました^^ 途中から『あがり』が、『あずき』に変わったとか^^
68年式、ローレル デラックスB C30
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=OOR0D5QzcS8]◎撮影場所 日産ヘリテージコレクション“初代ローレル(C30型)は、1968年(昭和43)4月にデビュー。「ハイオーナーカー」の先駆けとして、ブルーバードとセドリックの間を埋める車種として開発されました。セダンが単に排気量やボディサイズだけで分類される時代から、ライフスタイルやボディスタイル、コンセプトなどで差別化する時代の扉を開いたモデルです。直列4気筒SOHCの1815ccエンジンは、グロリアやスカイラインなどでも積まれた新開発のG18型です。サスペンションはブルーバードと同様で、前がストラット、後がセミトレーリングアームを搭載。2年後の1970年(昭和45)6月には、日産初のピラーレスハードトップである2ドアハードトップモデルと2000ccのG20エンジンが追加されました。”
◎引用:日産ヘリテージコレクション表示
This is the first-generation model which debuted in April 1968. This car was developed to fill the gap between the Bluebird and the...
81年式、スバル ブラット
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=s3MB68cl8tk]◎撮影場所 スバルビジターセンター “スバルブラット(BRAT)はアメリカで企画され、1977年(昭和52年)から日本で生産された2シーターのレクレーショナルビークルです。輸出車両として北米や豪州で販売されましたが、日本国内では正規に販売されることはありませんでした。荷台には、補助シートやFRPカバーが用意され、また1981年(昭和56年)にモデルチェンジしたときには、ガラス・ハッチルーフも装備。カジュアルイメージがグーンと増して、ブラットファンからは垂涎の的となりました。”
◎引用:スバルビジターセンター表示
61年式、スズキ セルペット MD50
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=2ZncAxwta8I]
◎撮影場所 スズキ歴史館“セルペットMDは、1960年に発売された「セルペットMA」をモーターサイクル型としたモデルで、バックボーンフレームを採用していました。この車両はキック式でしたが、キック比が大きく、始動がスムーズに行えることも大きな特長でした。”
◎引用:スズキ歴史館表示
映画 クリスマスキャロル(日本公開1970年)
これは映画館で見ましたねー。
意地悪なスクルージが、怖〜い夢を見て改心し、サンタさんになってギブするミュージカルでした。
何と言ってもプレゼントをもらった時の人の表情の変化が素敵で、日常のギブの大切さを教えて頂いた映画でした^^[youtube https://www.youtube.com/watch?v=y7Pk1jcaLDI]出典:youtube Green Meanie 様ストーリー
“19世紀半ば。クリスマス・イブのロンドンは街中に讃美歌が流れ、陽気な賑わいをみせていた。しかし、スクルージ(アルバート・フィニー)の事務所はそんなムードとはおよそ関係ない様子、彼は徹底したケチで思いやりのない老人だった。事務員はボブ・クラチット(デイヴィッド・コリングス)ただ一人。この忠実な男をスクルージは安い給料で雇い、クリスマス休暇も1日しか許可しなかった。それでもボブは、イブを家族と過ごすためにいそいそと帰っていく。家に帰る道すがら、スクルージは借金の催促は忘れない。貧乏人は救貧院に入るか、死ぬか、勝手にしろ、そうすれば人口増加が抑えられるだろうなどと、彼は考えていた。スクルージは自宅のドアのノッカーを見て、驚いた。怪獣の頭をしたそのノッカーが人間の顔になり、恐ろしい声で「スクルージ」と言ったからだ。その声は7年前に真だ共同経営者マーレイ(アレック・ギネス)のものだった。やがて彼の目の前にマーレイの亡霊が現れ、今夜3人のクリスマスの亡霊--過去、現在、未来の亡霊が訪れるが、3番目の亡霊こそお前の唯一の救いとなろう、と言って姿を消した。夢に違いない! 彼はそう思った。しかし時計が1時を打った時、予言通り、過去の亡霊(エディス・エバンス)が現れ、彼を過去へ誘った。恋人イザベラ(スザンヌ・ニーブ)との楽しい日々。愛しながら別れた追憶の青春をスクルージは悔やんだ。気がつくとベッドの上だった。幻覚かも知れない--時計が2時を打ったら現在の亡霊(ケネス・モア)のお出ましだ。貧しいながらも幸福そうなクラチット一家の団欒風景。彼らが自分のために祝ってくれるのを見てスクルージの良心が疼いた。“チビ”のティム(リッキー・ボーモン)が重い病を患っているのが哀れであった。スクルージは人間の善意について考えた。目が醒めると3時だった。未来の亡霊(パディ・ストーン)は黙ったままでスクルージを事務所へ連れていった。事務所の前では大勢の人間が嬉しげに騒いでいた。彼も一緒に騒いでいたが、それはある人間の死を喜んでいたのであった。それは誰か? スクルージだったのだ。3番目の亡霊は死神だった。死の世界で彼は泣き叫んだ。誰も助けに来てくれない--。あたりを見廻すともとのベッドにいた。もう夢や幻とは思わなかった。イブはまだ終わっていなかった。家を飛び出し、七面鳥を買い、回転木馬を用意してクラチット家へ行き、ボブには休暇を十分与え給料も上げた。町の人々へたくさんのプレゼントを用意したスクルージの姿は満足そのものだった。喜びと悲しみを分かち合う素晴らしさに満ちた姿であった。”
◎引用:Movie Walker
遊星仮面(1966年6月〜)
憧れました!遊星仮面ごっこやって、「人呼んで 遊星仮面」って真似するのが快感でした!スポンサーのグリコの懸賞で、遊星仮面に成りきる一式のセットを友達が当てて、よくそれを着て遊んでましたね!ああ、あれカッコよかったなあー^^遊星仮面①
https://dailymotion.com/video/x5jud2r
遊星仮面②
https://dailymotion.com/video/x5jud8o
(遊星仮面ストーリー)
時は21世紀。太陽系に新たな惑星・ピネロン星が発見され、地球とは長く友好関係にあった。やがて地球人ロバート・ヨハンセンとピネロン星人・マリアとの間に、星間混血児第1号・ピーターが誕生した。しかし15年後、ピネロン星周辺で宇宙船事故が発生し、それをピネロン星は地球からの攻撃と誤解したことにより、両星間で宇宙戦争が勃発した。そこへ突如、戦争を止めさせようと、遊星仮面と名乗る一人の少年がロケットライダーに乗って現れた・・・。
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資生堂マイピュアレディのCM(1977年)小林麻美・歌/尾崎亜美
https://dailymotion.com/video/x5h1otk
出典:dailymotionうーん、懐かしい!尾崎亜美さんの『マイピュアレディ』に、小林麻美さんのキャラがなんかすっごくマッチしてたなあ。 “ときめきが、動いてる、たったいま恋をしそう♪”めちゃめちゃいいなあ^^
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86年式、日産 エクサ キャノピー タイプB
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=gDV2rSfj3SA]◎撮影場所 日産ヘリテージコレクション “1986年(昭和61年)5月にフルモデルチェンジした3代目パルサー(N13型)から、クーペボディのモデルだけが独立する形で、同年10月にデビューしたのが日産エクサ(EXA:KEN13型)です。オリジナルのパルサーとは異なり、リトラクタブルヘッドライトやTバールーフを備えたノッチバッククーペのボディスタイルだけでも、当時のヤング&エントリーユーザーの目を惹く存在でしたが、さらにリヤハッチ部分がワゴン形状となるキャノピーが用意されていたことも大きな話題を呼びました。日本では法規上認められませんでしたが、輸出されたアメリカでは脱着式のリヤハッチとキャノピーハッチがコンバート可能であり、Tバールーフの脱着とも併せて様々なスタイルを楽しめるクルマとして注目されました。エンジンは、120馬力のCA16DE型1598cc、直列4気筒DOHCが搭載されています。このクルマは、キャノピー仕様で専用アルミホイールを装備した豪華グレードのタイプBです。”
◎引用:日産ヘリテージコレクション表示
87年式、トヨタ ハイラックス サーフ
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=XjfGPc-AuLY]◎撮影場所 トヨタ博物館“小型ピックアップトラック「ハイラックス」の荷台部分にFRP製キャノピーを載せ、新型・多目的4輪駆動車として1984年に登場。日本デビューに先行して、北米向けには1983年10月から「4Runner」の車名で発売した。多用途に使えるワゴンボディと優れた走破性を持つ4WDの組み合わせにより車を使ったレジャーの範囲を格段に広げ、ミッドサイズSUVの草分け的存在として好評を博した。”
◎引用:トヨタ博物館表示
The Hilux Surf first appeared in Japan in 1984 as a new, multi-purpose four-wheel drive vehicle that was a compact Toyota pickup truck...
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