VAN

もう、アイビー、大好きでした!! VANは憧れで、 バイトで小遣い貯めて、 いろんな物買ってました! 学校にボタンダウン着て行って、 何度も注意されたなあ^^ヴァンヂャケット “石津謙介が大阪市南区で創業した企業である。ニュー・イングランド風のファッションを、アメリカ東海岸名門大学グループ「アイビーリーグ」にちなんで「アイビー」と呼んだが、このアイビー・ファッションをVANブランドとして打ち出し、急成長を遂げた。 アイビーは、1960年代に東京・みゆき通りに集まる流行に敏感な若者、総称して「みゆき族」の間にも流行した。 みゆき族の間では、ヴァンヂャケット社のブランド「VAN」の紙袋を持つことさえおしゃれであるとされ、「VAN」はその後、日本のファッションシーンの最先端を走り続けた。アイビーファッションの信望者の中では、神様的扱いのブランドであった。1970年代に至っても愛好者はいたようであり、また、1つのジャンルを形成していた。 青山に本社ビルを構え、企業内クラブとしてアメリカンフットボールのチーム「VANGUARDS」を持つなど、当時時代の最先端を行く企業として若者の間の人気は高かった。 ” ◎引用:wikipedia

映画 小さな恋のメロディー(日本公開1971年)

何度映画館に足を運んだだろう。何度見ただろう。もうこれはたまらなく大好きな映画でした!何度も何度も見ました! マークレスターとトレーシーハイド可愛かった!そしてなんとも言えない甘く、淡い恋を演じていましたね!ビー・ジーズの音楽も映画に最高にマッチしてました![youtube https://www.youtube.com/watch?v=2HlaMGyFTZk] 出典:youtubeあらすじ “舞台はロンドン。公立学校ながら、厳しい教師と生徒たちの間でささやかな対立がはじまっていた。厳格な教えを説く教師たちや子供に過干渉な親たちと、それらに従うことなくそれぞれの目的や楽しみを見つけようとする子供たち。 気が弱く大人しい11歳のダニエルもそんな生徒の一人だったが、同じ学校に通うメロディという少女と出会う。2人はいつしか互いに惹かれあい、悩みを打ち明け、初めて心を許す相手を見つけたと感じた。純粋ゆえに恐れを知らない2人は、学校をさぼって海水浴場へデートに出かけたことから校長先生に叱られ、クラスメートたちにも散々笑い者にされる。ダニエルは悪友オーンショーにしつこくからかわれ、殴り合いの喧嘩まで繰り広げてしまう。 事情を聴くこともなく押さえつけようとする大人たちに対し、2人は一つの望みを口にする。それは「結婚したい」という驚くべきものだった。「どうして結婚できないのか」と問うが、当然親も教師もとりあわない。ある日、教師が授業を始めようとすると、教室はほとんどもぬけらの空であった。自分たちの手で2人の結婚式を挙げようと、クラスの生徒が集団エスケープしたのである。教師たちはあわてて彼らを探しに行く。 廃線脇の隠れ場所で、オーンショーが神父を務める結婚式がとり行われていた。ダニエルとメロディが誓いの言葉を唱えようとした時、教師たちに見つかってしまい、子供たちは散り散りに逃げていく。暖かい日差しの中で大人と子供の乱闘が繰り広げられ、発明狂の男の子が作った自家製爆弾が車を見事に爆破すると、大人たちは恐れをなして一目散に逃げて行く。子供たちはやんやの喝采を挙げる。その頃、ダニエルとメロディの2人はオーンショーの助けで追手を振り切り、トロッコに乗って線路のはるか向こうへと駆け出して行った。 ” ◎引用:wikipedia

ポン菓子

懐かしいなあポン菓子。 夢がありましたよね〜。 ポン菓子のおじさんが回ってきた時は、 なんかサンタさんみたいに見えてましたあ。 たしかお米とか砂糖とか持って行ってたのかなあ? あとお金渡したら、パーンってやってくれて、、、 んでまたうまかったなあ^^ 爆発の瞬間 [youtube https://www.youtube.com/watch?v=ZNXhDYDduTI] 出典:youtube デジコミ・ムービーズ“ポン菓子はポンポン菓子・パンパン菓子とも、単にポンや、ドン、またはその出来上がった時の破裂音からバクダンと呼ばれることもある。専門用語ではスナック菓子の一部とともに膨化食品(ぼうかしょくひん)と称されるものの一種である。特に米で作った膨化米(ぼうかまい)は地方や年齢層によって、ばくだん(爆弾あられ)、こめはぜ、ポンはぜ、ぱっかん、パン豆、たん豆、パフ、パットライス(Puffed rice)、ポップライスなど様々な名前で呼ばれている。” ◎引用:wikipedia

アメリカンクラッカー

https://dailymotion.com/video/x5chdeu 素材提供:永木 武様あの頃、カチカチカチカチ と、 そこらじゅう、どこにでも こだましていた音。 失敗して手に当たったら痛かったけど、 うまく行った時は快感だった^^ あっというまの、 瞬間的なブームでした!!

あの電話ボックス(丹頂型電話ボックス)1954年〜

[youtube https://www.youtube.com/watch?v=OmgZyo9c-Bg?rel=0] ◎撮影場所:台場一丁目商店街『丹頂型電話ボックス』いろんな思いだが詰まった電話ボックス。 この電話ボックスのドア、子供の頃から何度開閉したことだろう。 印象は、なんだか優しかったなあ。。この丸みとカラーがそうさせるのか、、 なんだか安心感、安堵感があったなあ。。この電話ボックス大好きでした!!

癇癪玉(かんしゃくだま/クラッカーボール)

まあ、子供の頃は、 バンバン鳴る火薬物のおもちゃがいろいろありましたね〜 2B弾はちょっと怖い子でも、 この癇癪玉は、 地面に叩きつけて、 パンパン鳴らしてよく遊びました^^

野球盤

野球盤みんなやりましたよね〜 友達ンチで覚えて、 それからお年玉で買って、 ずっとずっと野球盤に明け暮れたことを思い出します^^ 後から、だんだん高度になって、 磁石を使って変化球が使えたり、 消える魔球が出来たり〜のやつもありました^^

噴水タイプの自販機(噴水ジュース)

https://dailymotion.com/video/x56d90i 出典:dailymotionオレンジジュースが、自分よりもはるか高い位置に噴水のようにガラスの壺みたいな中をほとばしっていた。あの光景は子供にとって犯罪。だって、もう見た瞬間飲みたくなるじゃあないですかあ^^ それも当時の夢の国、デパートの屋上に置いてあったら、あれはやはり子供にとって犯罪だった!笑

コーラの自動販売機

この自動販売機好きでした。 宙づりになっているコーラを横に移動させながら、 お金を入れて瓶を引き抜く時の感触がいい感じでした。 いつのまにか世の中から消えて行きましたね〜。 あの頃栓抜きとストロー持って悪さする子多かったからかな?。。^^ 出典:ヤフーオークション

ミュンヘンへの道

もう、これは、凄すぎました! 東京で銅、メキシコで銀を取った、男子バレーボールが、 松平監督を中心に、ミュンヘンでは金しかないだろ!と、 自らを鼓舞し、そして日本国民もそれを信じ、 数々の難局を乗り越えて掴んだ金メダル。 エースの大古、横田、森田もカッコよかった!!金メダルへの軌跡 [youtube https://www.youtube.com/watch?v=NtvoVrvmu4U]出典:youtube東京五輪からミュンヘン五輪までのドキュメントミュンヘンへの道オープニング [youtube https://www.youtube.com/watch?v=xMzXUxmZG3o]出典:youtube男子バレーの金メダルに向けて制作された、アニメ中心のテレビ番組『ミュンヘンへの道』のオープニングあのブルガリア戦 https://dailymotion.com/video/x5mmc5i 出典:dailymotion準決勝のブルガリア戦で、まさかの苦戦!あの試合のショートムービー!