年間アーカイブ 2016
ママとあそぼう!ピンポンパン(1966年10月〜)
ぎゃあ、『ママとあそぼう!ピンポンパン』1966年スタート。ということは1960年〜63年生まれくらいの子供たち(今はいいおじさん、おばさん^^)からこの番組を見始めた感じですね!やっぱり記憶に強く残ってるのはおねえさんかなあ?^^
おねえさんと言えば、
初代:渡辺直子(1966年 - 1971年)。
2代目:石毛恭子(1971年 - 1975年)。
3代目:酒井ゆきえ(1975年 - 1979年)。
が記憶にありますが、
4代目(大野かおり)、5代目(井上佳子)もいらっしゃったようです^^
https://dailymotion.com/video/x5h54qy
出典:dailymotion初代:渡辺直子おねえさん(1966年 - 1971年)・1946年生まれ[youtube https://www.youtube.com/watch?v=5C5Nf15RS3w]
出典:youtube2代目おねえさん:石毛恭子(1971年 - 1975年)・1950年生まれ[youtube https://www.youtube.com/watch?v=yHmHJeIgOd8]
出典:youtube3代目おねえさん:酒井ゆきえ(1975年 - 1979年)・1954年生まれピンポンパン体操
https://dailymotion.com/video/x58n830
出典:dailymotion1971年発売の「ピンポンパン体操」。これは260万枚を売り上げる大ヒットを記録し、1972年の第14回日本レコード大賞童謡賞を受賞しています^^
スター誕生!(1971年〜)
振り返ると、
物凄いスターを量産した番組でしたね!
スカウトマンのプラカードの上がる瞬間、興奮しましたあ^^
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=nIOOxFKtPd8]
出典:youtube MomoeKaitenMokuba 様 “番組の企画者は審査員の一人でもある阿久悠で、番組名の名付け親はチーフプロデューサーの池田文雄である。明日のスターを夢見る人のための正統派のオーディション番組であり、毎週、厳しい予選を勝ち抜いてきた5-7人程度の挑戦者が歌合戦形式で実力を競う。
同じネット局のよみうりテレビ『全日本歌謡選手権』(『スタ誕』より先に番組開始)や、兄弟番組である日本テレビ『お笑いスター誕生!!』と共にまさに実力勝負が要求された。”
◎引用:wikipediawikipediaに面白い記述がありました。
決戦大会でスカウトされなかった著名人。
マッハ文朱(この回の合格者に山口百恵がいた)
中真理子(この回の合格者に梶たか子(最優秀賞)、片平なぎさ、小林美樹がいた。その後『全日本歌謡選手権』に挑戦、1週落ちるものの審査員の裁量で再挑戦の機会が与えられ、10週連続で勝ち抜いた)
水越けいこ(この回の合格者に岩崎宏美(最優秀賞)、黒木真由美がいた)
内田春菊(漫画家)
トシ・カプチーノ(内田とトシ・カプチーノが出場した回の最優秀賞は井上望)
井上あずみ
佐久間レイ(二度決戦大会に進出もスカウトされず。最初の挑戦で審査員奨励賞を受賞。その時の最優秀賞は河上幸恵)
村越裕子(むらこし・やすこ)(佐久間(二度目の挑戦)と村越が出場した回の最優秀賞は中森明菜)
新井由美子
本田美奈子
徳永英明(本田と徳永が出場した回の合格者に松本明子がいた。なお本田・徳永・松本は同じ回のテレビ予選にも出場し揃って合格した)
日野美歌(テレビ予選で敗退、この時のテレビ予選は全員失格)
寺島まゆみ(テレビ予選で敗退)
柳葉敏郎(テレビ予選で敗退、この時のテレビ予選は全員失格)
渡辺桂子
ハクション大魔王(1969年10月〜)
「アラビン・ドビン・ハゲチャビン」^^
楽しいアニメでしたねー!ランプや壺から魔法使いが現れるストーリーは、子供の心にとてもフィットします。このハクション大魔王も大人気でしたね^^とにかくギャグ満載でした![youtube https://www.youtube.com/watch?v=n1FIUDXrnOg]
出典:youtube TatsunokoChannelストーリー
“小学生のカンちゃんは、ある日、自宅の屋根裏で魔法の壺を見つける。その壺はくしゃみをするとハクション大魔王という魔法使いが飛び出し、呼び出した者の願いをなんでも叶えるというのだった。しかし、魔王はとんでもなくドジで何をやっても失敗ばかり。更にあくびをすると壺から飛び出す、イタズラ好きな魔王の娘アクビまで加わり、町中で珍騒動を巻き起こす。”
◎引用:TatsunokoChannel 表示
ロンパールーム(1963年10月〜)
私の世代は、うつみみどりさん。この番組は1963年スタートで、
2代目となる、うつみみどりさんは1966年からとか、、
「鏡よ鏡よ鏡さん、、」目を瞑れば、あの場面がよみがえる^^
(概要)
“司会のお姉さんは「先生」と呼ばれていた。初代先生は並木翠(夫の海外赴任に伴い降板)、2代目先生はうつみ宮土理(出演当時の芸名は「うつみみどり」である)。以降、「みどり先生」が定着し、3代目以降も「みどり」を名乗るようになる。並木翠は番組開始前にニューヨークへ渡り、世界各国の「先生」と共に本番組制作の研修を受けた。2代目先生のうつみ宮土理は本番組でデビューし、出世作となった。
放送開始から1年間は生放送で行われていたが、以後は録画放送(後述の「きれいなきんたま」事件では既に録画放送だった)。収録は2週間分まとめて行われ、2週連続で同じ幼児が出演した。その際に服は着替えたという。1回に出演する幼児は6人。最終日の土曜日(のちに金曜日)には幼児たちの友達も出演していた。
番組の構成は「教育 - 遊び - おやつ - 絵本」という流れで、これはアメリカ版と同じである。”
◎出典:wikipedeia
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=HPMx4gtEk8Y]
出典:youtube TOKYOGASNINGEN 様
すばらしい世界旅行(1966年10月〜)
大好きな番組でした!
1966年スタートから、なんと24年間1010回放映とか、、
番組の内容、そして音楽、忘れてならないのは、久米明さんのナレーション。
なんとも言えない魅力でしたね!
最終回のエンディング
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=n9awgoCiCcU]
出典:youtubeエンディング→この木なんの木
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=GHCk85nT8j4]
出典:youtube
象印スターものまね大合戦(1967年1月〜)
これ大好きでした!毎週日曜日のお楽しみの一つ。
みんな結構似てましたよね!三田明さんが橋幸夫さんやると、もうそのまんまだった記憶があるなあ〜^^
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=WbgVz0kaW7Y]
出典:youtube [youtube https://www.youtube.com/watch?v=0kVNH1-3pg0]出典:youtube
ウメ星デンカ(1969年4月〜)
ウメ星デンカがやってきた♪ とんがりあたまに。。。よく歌ってました。内容は、故郷の『ウメ星』の爆発で、地球に逃れてきたウメ星国の王室一家が、地球の平凡な一家に居候するというギャグ漫画でした。短い期間の放映でしたが、ギャグ入ってて楽しんだアニメの一つです^^
第01回 「ウメ星デンカがこんにちわの巻/ウメ星きねん日の巻」
https://dailymotion.com/video/x5b99rn
第03回 「デンカくんは強いぞの巻/デンカもはたらくよの巻」
https://dailymotion.com/video/x5b99rq
第04回 「ハイキングはたのしいなの巻/王さまガードマンの巻」
https://dailymotion.com/video/x5b99rr
第05回 「ベニショーガでござるの巻(映像のみ)/ウメ星大せんそうの巻」
https://dailymotion.com/video/x5b99rs
57年式、スズライト SL型
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=8Mvkghu0gc0]◎撮影場所 トヨタ博物館 “スズライトは、メーカーベースでつくられた本格的な軽自動車のパイオニアであった。小型乗用車と変わらない装備を持ち、これを開発するに当たって参考としたドイツの小型車ロイトが、2ストロークエンジンと前輪駆動方式であったことと、商用車にした場合の荷室確保を考えて、スズライトも他社に先がけてFF方式を採用。このSL型はリアに大きなドアを持った商用ライトバンで、小型ながらも充分なスペースを確保してある。”
◎引用:トヨタ博物館表示
57年式、トヨペット コロナ ST10型
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=ts0qFlwRpwI]◎撮影場所 トヨタ博物館 “すでにクラウンで成功をおさめていたトヨタも、1954年タクシー業界からの要請もあって小型車の開発を迫られた。その頃、国民車構想からパブリ力(UP10型)の計画は進められていたが、膨張した小型車市場に対して、急きょ発売したのが初代コロナST10型である。”
◎引用:トヨタ博物館表示
56年式、ダットサン 112型
[youtube https://www.youtube.com/watch?v=gaFZNcxL59s]◎撮影場所 トヨタ博物館 “英国オースチン車の国産化によって、海外の先進技術を吸収しつつあった日産自動車(株)が1955年に発表した110型車は、戦前から発展しつづけたオールド・ダットサンの完成に達したモデルと言える。112型車はそのマイナーチェンジモデルである。
斬新なデザイン、操縦性、居住性等の設計技術が評価され、第2回「毎日産業デザイン賞(1956年)」を受賞した。”
◎引用:トヨタ博物館表示